2009年10月12日月曜日

“Transcending: the Wat Misaka Story”


ワット・ミサカという、1940年代後半に活躍した、知られざる日系二世のパスケット・ボール選手についてのドキュメンタリーです。

Trailerを見たら、ミサカ選手が出場している試合のビデオが映っていたのですが、確かに他の選手より少し小柄な感じだけど、手足がすごく長くて、動きも敏捷そう。

ユタ州の大学でバスケットボール選手として活躍していたワットは、戦争が始まって、他の同胞とともに収容所送りになっても、メンバーとしてトーナメント・ツアーに参加するのを許されます。NYのマジソン・スクエア・ガーデンでの決勝戦で、チームを優勝に導く立役者として大活躍したミサカ選手。地元に戻れば、盛大な歓迎パレードに迎えられますが、その後、収容所に再び戻されるはめに。でも、すぐに兵士として徴収され、原爆投下直後の広島に、調査メンバーとして派遣されます。被害者のほとんどが一般市民であることに、疑問を覚えずにいられないワット。

2年の兵役を終え、大学に戻ったワットを待っていたのは、プロバスケットボールチームのニックスによるドラフト1位指名のニュース。BAA(NBAの前身)で、大学生が指名されたのも初めてならば、白人以外の選手としても、史上初だったそうです。

映画は、ミサカ選手本人、彼の身内、それに元チームメイトらのインタビューと、当時の映像や新聞記事、写真などで構成されています。戦中・戦後の時代、もちろん在米日系人であるワットも、試合中や試合後に罵倒されるなどの差別を受けています。でもチームメイトはワットを100%信頼しているし、コート上での彼の素晴らしい活躍に、率直に声援を送る観客や、マスコミもまた多くいました。あくまでチームプレイに徹する彼の試合ぶりを見れば、選手仲間からの全幅の信頼ぶりもうなずけます。勝利が決まるごとに、決まってミサカを中心に選手達の輪が出来て、もみくちゃになるのが、ほほえましかったです(^_^)。

ニックスでプレイしたのが結果的に3試合に終わったことや(人種的な問題が絡んだ可能性あり)、ミサカ本人の控えめな性格などもあり、NBLの歴史からほとんど抹消されていたミサカですが、このドキュメンタリーがきっかけで、ホール・オブ・フェイムや選手名鑑に登録されるなど、再認識されたそうです。

アートが題材の作品が中心の本映画祭で、異色のテーマだったためか、観客は20人に満ちませんでした。でもたいへん興味深いドキュメンタリーで、いくつか賞をもらっています。各映画祭などで上映されていりますが、まだ配給がついてないそうです。日本の映画祭とかでも上映されたら話題になりそうですけどねぇ。

http://www.watmisaka.com/photos/MSG/msg4.html

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