2010年9月4日土曜日

"The American"「ラスト・ターゲット」

モテモテ男、ジョージ・クルーニー最新作は、マーティン・ブースの小説"A Very Private Gentleman"(「影なき紳士」)を、「コントロール」のオランダ人監督アントン・コービンが映画化したサスペンスものです。

クルーニーが演じるのは、ヒットマン。

スウェーデンの雪山でのミッションで、心ならずも恋人の口封じを自ら実行したジャックは、雇い人のパベルに、次の仕事を最後に足を洗う、と告げる。イタリアの小さな村を任地に指定されたジャックは、雑誌の写真家エドワードと身分を偽り、地元の神父や娼婦と慎重に交流を深めていく。その地での彼の任務は、凄腕女スナイパーのマチルデのために、特製の銃をあつらえるというものだった。

予告編のクルーニーがまるでゴルゴ13みたいだったので、その手のハードボイルド・アクションなのかな、と思ったら、とあるニュース番組の映画紹介コーナー(「At the Movies」は終わってしまったのです。これからどうやって生きていけばいいの…)で、「テンポがトロすぎるし、ど派手なアクションもないし最初はなんじゃこりゃと思ったが、見終わった後でジワジワ来る映画」というようなことを言っていました。どうも、最初の印象よりかなり渋そうです。居眠りしないように気をつけなきゃ、と思って映画に臨んだのですが、ハデなハリウッド映画の予告編をたくさん観た後、やっと始まった本編が、覚悟していたとはいえやっぱり静かで淡々としているので、しらずしらず、いい気持ちでうたた寝してしまいました。そういうわけで、どうしてエドワードが娼婦のクララと知り合ったのか、謎です(^_^;)。でも、目が覚めてからは、ぐいぐい映画に引き込まれていきました。

なんだか、なんというか、なつかしい感覚です。昔、父親の蔵書から引っこ抜いてせっせと読んだスパイ小説の香りがします。昔は、犯罪映画といえば、こんな感じでした。主人公も、映画のトーンもストイックで。「針の目」とか…。 ポスターからしてそうだけど、監督は70年代頃のテイストを狙ったのかしら。エドワードいきつけのバーではイーストウッドのマカロニ・ウエスタン映画がかかり、バーテンが「イタリアの監督なんだぜ」と自慢します。ロジャー・エバートは、本作をアラン・ドロンの「サムライ」になぞらえ、禅の精神性を見いだしていました(なんでも禅を持ち出すな〜>アメリカ人)。タランティーノの方法論のアンチテーゼのような作風といえばいいか。(そういえばパベルは「キル・ビル」のビルみたいだ)

舞台となる村が、のどかな田舎の山間にあり、もくもくした雲の感じが、宮崎アニメみたいでした(^_^)。そういう羊はなんでも宮崎アニメを持ち出してしまいますが。

エドワード(ジャック)は銃をカスタムメイドできるほどメカに通じているのに、自販機や携帯電話をうまく操作できずに、「機械には弱いんだ」と言い訳します。パベルへの連絡は、いつも公衆電話にコインを入れてかけます。受けるパベルの方は携帯電話なんですが。雪山での、雪を踏む刺客の靴の音、エドワードが銃を組み立てる時の音など、効果音と、音楽にも、今風のめまぐるしいカット割りに気を散らされることなく、じっくり耳を傾けることができます。

原作では、主人公はイギリス人で、蝶のスケッチをしているという設定らしいです。それをアメリカ人の写真家に変え、蝶に関しては、絶滅種の蝶をいとおしむ側面を持たせ、背中に蝶の刺青をほどこしました。女スナイパーとクララの両方から、「ミスター・バタフライ」と呼ばれます。一歩間違えると陳腐でおセンチなB級映画になってましたね。淡々と進めて行きながら、ふいにエドワードを襲う暴力が、画面に緊張感を与えています。この渋い渋い淡々さが、ラストシーンを陳腐なものにしないためには必要だったのでしょう。それが十分だったかどうかは、評価が分かれそう。

髪型と眉間のシワがゴルゴしていたクルーニー、年を取ってショーン・コネリーに似てきました。2人の女優さんもすごくきれいで、eye candyでした。女スナイパーは登場する度に髪の色が変わるのが楽しく、クララは性格が多面的で、シーンごとに言動が読めないのが面白いです。エドワードとクララのセックスシーンは、かなり濃密。クララの部屋のケバいインテリアにご注目ください!

映画が始まる前のCMで、カルバン・クラインが「X」という男性用パンツの宣伝をしてたのですが、いろんなアスリートが出てくる中、サッカーの中田が現れて、ちょっとビックリしました。予告編では、ヘレン・ミレンの新作が立て続けに2本並んでいました。どちらも元スパイとか元殺し屋の役(^_^;)。いいぞ、ヘレンの姉御。

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