2013年8月4日日曜日

"Fruitvale Station"『フルートベール駅で』

2009年の元旦未明、カリフォルニア州オークランドで起きたとある事件をもとに映画化した作品です。

タイトルの「フルートヴェイル駅」は、BART(サンフランシスコ市内と近辺をつないで走る電車)の駅の一つで、オークランド市にある。その駅で、2009年の元日、たいへんにショッキングな事件が起きた。電車内で騒ぎを起こし、車両から降ろされ駅の壁際に並んで座る数名の黒人青年の一人が、警官に撃ち殺されたのだ。現場を記録した携帯電話による映像がユーチューブに公開されたため、当時の状況は衆目の知るところとなり、全米がこの事件に注目した。後ろ手に手錠をはめられ、警官によって乱暴にうつぶせにされた被害者が、背後から銃で撃たれた様子が、携帯の映像にはっきりと収められていたのだ。殺された黒人青年の名前は、オスカー・グラント。享年22才。後には、4才になる娘が遺された。



この事件が映画化されるというニュースは聞いて、知っていた。サンダンス映画祭で、高く評価されたというニュースも、ベイエリアのニュース局が報じていた。オークランドは何度か行ったことがある。ピクサー展が開かれた美術館のある町の中心部は、こじゃれた池などもあり、とても快適そうな街並みだが、ちょっと中心を離れると、あまり治安がよくなさそうな、手入れの行き届いてない住宅の並ぶ、うらさびしいストリートが続いていた。ペイエリアの中では黒人の人口が多く、しょっちゅう物騒な事件がニュースで報じられている。全米的にも殺人件数のかなり高い都市らしい(シカゴあたりに比べるとそれでも全然少ない方だが)。現市長は中国系の女性だ。

百もわかっていたけれど、やっぱり、辛い映画だった。予告編を観た時、「絶対見ない!」って心に誓ったんだけど、いろいろあって、観てしまった。だって、辛いでしょ、殺される24時間前の、主人公の一日を描写しているのよ。ヒスパニック系の素敵なガールフレンド(お金がないので結婚はしてない、と劇中説明していた)と、4才のかわいい娘がいるのよ。母親(『ヘルプ』でオスカー助演女優賞を受賞したオクタヴィア・スペンサー)とは親密な関係で、12月31日生まれの母親のために、パースディーパーティ用のカニを買ったり(ガンボを作るのだ)、Hallmarkのバースデー・カードを買ったりしてあげる、母親思い・娘思いの青年なのよ。でも沸点の低いのが最大の欠点で、そのせいで刑務所に入って母親を悲しませたこともあるし、小遣い稼ぎのヤクの運び屋もいまだにやっているみたいだし、せっかくありついたカタギの仕事(スーパーの魚売り場の店員)も、遅刻したせいでクビになってしまった。

こういった、オスカーの人となり、過去を描写する語り口が、とてもうまかったです。1日の出来事の進行にすんなり溶け込ませた脚本と、携帯電話による家族とのコミュニケーションを、テキストを映像にかぶせる手法で視覚的にコンパクトに呈示したのが巧みでした(ポスプロに、サンフランシスコのユニバーシティ・オブ・アートが参加していました。ほかにも地元が全面的に協力しています)。ただ、抑制が効きすぎていて、その後に待ち受けている事件を抜きにして、その部分だけで観客を引きつけるような、何か訴えるものは、特にないんですが…。ひとつ、野良犬のひき逃げに遭遇する場面があって、それは明らかにフィクションなのだけど、製作者の「声」が透けて見える、映画的なエピソードでした。

母親の家でディナーを済ませた後、オスカーとガールフレンドは娘を知り合いに預けると、友人たちと待ち合わせてBARTに乗り、大晦日の夜のサンフランシスコに繰り出します。そうなのだ。家族持ちでも、オスカーはまだ22才の若造なのだ。遊びまくりたい盛りなのだ。電車の中だって友だちとはしゃいじゃうさ。タバコ(マリファナ?)も吸っちゃうさ、スピーカーで音楽鳴らして踊っちゃうさ。日本だったらとんでもないひんしゅくを買い、周囲の乗客の白い目攻撃だと思いますが、こっちはそのへんは甘くて、逆にみんなで一緒に楽しくカウントダウンなんかしちゃったりします。

悲劇は、帰りの電車で起きます。ここからが、映画の真骨頂。実に、パワフルでした。
この辺から、嗚咽や、鼻をすする音が、客席からチラホラ聞こえました。

車内で、降ってわいたように起きる暴力。手荒で有無を言わせない一方的なBARTの警官たち。引くことを知らない血気盛んな若者たち。オスカーを背中から撃った後、口から流血し、力なく横たわる彼に、動転した頭でなおもしつこく手錠を固定しようとする白人の若い警官。車内から携帯電話をかざす目撃者たち。

警官は裁判にかけられ、過失致死罪で有罪となるも1年で出所しています。

ついひと月前、やはり武器を持たない17才の黒人青年に因縁を付け、銃殺した男が、無罪の判決を受けた。これは2012年にフロリダで起きた事件だが、フロリダ州には「身の危険を感じたら相手をぶち殺してもいい」というトンデモな法律があるのだという。撃った男、ジョージ・ジマーマンはヒスパニック系で、ドイツ系も混じっているらしい。自警ボランティア(!)をしており、フードを被って歩いていたトレイボン青年を勝手に怪しいと決めつけ、警察に通報すると、オペレーターからは「近づくな、放っておけ」と指示されたにもかかわらずにちょっかいを出して、もみあいの挙げ句に撃ち殺した。関係ないが、ジマーマンはかきデカそっくりの容貌である。事件後、ぶっくりと太り、ますますそっくりになった。無罪放免後、ひっそりと身を隠そうとしたらしいが、たまたま人助けをして感謝されたり、スピード違反で捕まったりしている。でしゃばり体質が身に染みついているのかもしれない。法律の勉強をして法律家になりたいと言っているそうだ。

もう、オスカーもトレイボンも、何者にもなれない。ジマーマンや、ミーサリー(オスカーを撃った警官)は今どうしており、何を思い、これから生きていくのか。

ところで、BARTは明後日から今年二度目のストライキに入ろうとしている。明日中に組合と合意に達して回避できるか、ベイエリア中が見守っている。


0 件のコメント: