2014年3月10日月曜日

"Tim’s Vermeer"

"Tim’s Vermeer"。ドキュメンタリーです。「ティムのヴァーミーア」。ティムって誰?ヴァーミーアって誰? ティムは、Tim Jenison、発明家です。アミーガ(私がはじめて買ったパソコンだ。レミングスをやりたくて)のビデオ編集システムビデオトースターやCGソフトのLightwaveを開発した人だそうです。ヴァーミーアは、「真珠の耳飾りの少女」でおなじみの画家、フェルメールのことです。英語読みだと「ヴァーミーア」と発音するんですよね……。



フェルメールがカメラ・オブスクラを用いて絵を描いた、という説は、コリン・ファースがフェルメールを演じた『真珠の耳飾りの少女』でも採用されていましたが、ティム・ジェニソンは、その技法では「光で描く」と形容されるフェルメールのヴィヴィッドで写真のように写実的な色づかいの表現をすることはできない、と疑問を持ちます。ある日、フェルメールは鏡を使ったに違いないと閃いたジェニソンは、カメラ・オブスクラ説をとなえた画家のデイヴィッド・ホックニーや、「フェルエールのカメラ」という本をものしたフィリップ・ステッドマンと会ったり、画家の生地オランダのデルフトに飛んで背景を学んだりする一方、自分の説を実証するため、テキサスの倉庫にフェルメールの「音楽の稽古」に描かれた部屋を細部に至るまで再現し(!)、17世紀当時の品質の鏡や絵の具の製法を学んで自分の手で作り(!)、絵を描いたことなどまったくなかったど素人のジェニソンが、鏡を使って、「音楽の稽古」をキャンバスに描いていく(!)、というプロジェクトを推しすすめます。オリジナルの絵画は現在エリザベス女王が所有しており、ジェニソンは特別に30分だけ、バッキンガム宮殿内に飾られている絵の鑑賞を許されたそうです。

果たして、この試みは成功するのか、もし成功したとすれば、それは何を意味するのか、フェルメールの絵と才能に対する評価は変わってしまうのか?

絵の素養などまったくない、と豪語するジェニソンが、小さな丸い鏡を見ながら絵筆を慎重に動かして行くと、見事に被写体そっくりの、フェルメールばりの絵が描かれていく様は、正に魔法を見ているようです。ジェニソンの長年の友人で、マジシャンコンビのペン&テラーが映画の監督とナレーションを務めています。

このアイディアを構想してから絵を完成させるまで、5年かかっています。実際に「音楽の稽古」を再現する絵の描画にとりかかってからは、4ヶ月を費やしました。とにかく、彼の根気強さには脱帽するほかありません。自作の鏡を延々磨くのにウンザリしたり、とにかく鏡に映った通りに描くという自分で立てた方針を忠実に守るため、布の模様をてん、てん、てん、てん、とただひたすら、くる日もくる日もバカ正直に絵筆で点を打っていくジェニソン。もくもくと、修行僧の苦行のように作業を進める彼は、椅子を描く段になって、ふと違和感を覚えます。何かがおかしい、椅子が、絵に属していないように感じるのだが、原因が分からない。一晩寝て、ハッと気がつきます。背もたれ部分のパースが狂っていたことに。気がつかないうちに、鏡を少しずらしてしまったようなのです。その時のことを、ジェニソンは「もしかしたら私にはinner artistがいて、その内なるアーティストが教えてくれたのかも」と言っているのですが、絶対彼の中にアーティストがいますね。だって、この手法を使えば、誰でもフェルメールばりの絵が描けるわけではないと思うのです。鏡をキャンバスと自分の目の間に配置しても、見比べるごとにどうしても視線は動くわけだし、そうすればパースは狂っていく。見たとおりに描くために筆を動かしたり、被写体と同じ色にするための絵の具の混ぜあわせ加減にだって、ある程度の器用さや感覚は要るし、なにより、根気が……。

こんなプロジェクトを実戦しようとする奇矯な発明家のジェニソンという人物、さぞやエキセントリックな、子どもっぽいオタクなのかと思ったら、そういうところは全くない、内省的で控え目な常識人という感じでした。とうとう絵にニスを塗って仕上がった時、図らずも泣いてしまったり、自宅の暖炉の上に絵を飾って悦に入った表情を浮かべるジェニソンに、すごい発明家なのに親近感を覚えます。何から何まで、人にやらぜずに全部自分の手でやるところ、なにより自分の手で何かを作ったり直したりするのが好きな人間なればこそでしょう。

ところで、ホックニーは煙草吸いで、最初はかくしゃくとしていたのに、絵が完成してジェニソンが見せに行ったときは車椅子に座ってたのが、気がかりです。映画では何も触れてなかったけれども。

さて、ジェニソンのささやかな実験は、何を意味するのか。その受け止め方によって、この映画への評価も真っ二つに分かれているようです。大半は好意的な評を寄せていますが、否定的な評は、ジェニソンの意図そのものを否定し(フェルメールの偉業をおとしめる)、またこのようなプロジェクトを実現できる時間と資金に事欠かない彼へのひがみを露骨に書いていました。映画の中で、ホックニーもステッドマンも、光学的な手段で描いたからといって、絵の価値が減ると思うのはchildishだ、と言ってますが、あなたはどう思いますか。

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