2015年5月13日水曜日

"Whiplash"『セッション』

『セッション』、燃える映画だった。

どこから話そうか。

愛するJ・K・シモンズから行こうか。

今(五月上旬)、ツイッター上にアメリカから、TV番組のキャンセル/続行の速報がばんばん入って来る。そういう季節なのだ。愛着のある番組が、次のシーズンも存続するのか、切られるのか、運命の分かれ道がやって来る。どんなに自分が高い評価を与えても、世間様がそう思ってくれないと、容赦なくキャンセルされる。引導を渡される。そうなると、愛するキャラクターたちのその後を知る術は、永遠になくなってしまう。


2014年の二月、アメリカで"Growing Up Fisher"というTVドラマが始まった。30分の気軽に観られるコメディタッチのファミ−リードラマだ。フィッシャー家の小学生の息子の視点から描かれた、どこにでもある家族の1日。どこにでもある——一点の例外を除けば。父親は盲目だった。弁護士をしているが、周囲には盲目であることを隠している。実話が元というから驚きだ。父親の、機転が利いてひょうひょうとしたキャラクターが秀逸で、それを演じたJ・K・シモンズに一発で参った(彼はそれ以前は、もちろん『スパイダーマン』の新聞社社主とかでも印象的だったが、保険会社のCMに出ていて、お茶の間では主にその保険会社の顔として知られていた)。離婚した妻役は、マイペースで周囲巻きこみ型の役が得意なジェナ・エルフマン。ナレーション役の、大人になった息子の声は、ジェイソン・ベイツマン、監督陣にデイヴィッド・シュワイマーが入っている。

番組は数話でキャンセルされた。全部で五話分ぐらいしか、観ていない。

私はその後日本に戻ったので、次に彼にお目にかかったのは、今年のアカデミー賞のニュースだった。助演男優賞受賞! なんかのエネルギッシュな指導者役っぽい。"Whiplash"、初耳の映画だが、これは見に行かなくては!

数ヶ月後、めでたく日本で『セッション』の題で公開となり、出来たばかりの歌舞伎町東宝シネマにいそいそと出かけた。ゴジラが頭を出しているあのビルだ。

『セッション』は、音楽映画だった。音楽の、スポコン映画だった。名門音楽大学の名指導者、シモンズと、彼の指導するエリートチームに入れてもらい、やがてはジャズ・ドラマーとして名を馳せる野望に燃える、若きミュージシャンの卵の師弟関係は、星一徹と飛雄馬や、宗方コーチと岡ひろみを連想させる、凄まじいものだった。

楽団を扱った映画といえば当然見どころとして期待されるであろう楽団員同士の交流や、楽器と楽器のハーモニーのようなものは、一切なし。指揮者とドラマーの卵の、1対1の関係が、徹頭徹尾描かれる。それは、カメラの被写界深度の極端な浅さで、ステートメントされている。主人公には自分と自分のドラム以外、ほとんど何も目に入っていない。彼のガールフレンドが言うように、視線を誰とも合わせない。最後の対決で、指揮者のシモンズと、ガッツリ目が合う。その時、父親の役目が終わる(これは本当はシモンズと主人公の闘いじゃなくて、息子と、感じ悪い役者ではトップクラスのポール・ライザーの父親の葛藤の物語だ)。

最近年のせいか、映画館の椅子が気持ちいいせいか、情けないことにどんなにいい映画を観ても途中で寝てしまうのだが(仕事だった「アメリカン・スナイパー」も、好きな俳優のコリン・ファースの新作映画でさえも寝てしまった、天文台のファースみたいに気持ちよく)、これはもう、心臓バクバクだった。三人のドラマー対決のところはドキドキ手に汗握ったし、シモンズが主人公に「バレてないと思ったか」と耳打ちするところは、心底ぞーっとした。

ひとり延々とドラムを叩き続ける主人公のとなりで、ぼーぜんとしてる黒人のベース奏者に一番シンパシーを感じた。演奏って何なんだろう。やっぱりつきつめれば「個」でしかないのだろか。

見終わって、少しネットを見てみたら、たいていみんな、巨人の星とかを連想してるのが面白かった(^_^)。

あと、ドラム拳で破っちゃだめだよね。楽器は大事にしよう。




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