2015年12月10日木曜日

“Spotlight”『スポットライト 世紀のスクープ』


「スポットライト 世紀のスクープ
カトリック教会の大罪」竹書房刊
<スポットライト>チームによる
原作ルポルタージュ!
電気羊 訳
 すでに始まった映画賞レースを賑わして話題の映画、『スポットライト』を観てきました。

2002年、ボストンのカトリック教会で長年隠蔽されてきた司祭による頻繁な子どもへの性的虐待をとうとう大々的に取りあげたボストン・グローブ紙の記者チームを主役にすえた、硬派な映画だというので、覚悟はしましたが、やっぱり英語の聞き取りが大変でした(^_^;)。しかも会話が多いんだー。でも、ハリウッド映画にありがちな、マシンガントークでがんがん話すキャラクターはいませんでした。みんな、まじめで誠実に話す人たちばかり。軽口のセリフはほとんどなく、ジャーナリストらしく、そして映画の題材に似つかわしく、内容の重さにかかわらず、とてもmatter-of-factoryなやりとりが交わされていきます。

ボストン・グローブ紙に新しい編集長(もみあげ生やしたリーブ・シュライバー)がやって来ました。よそ者の彼の指示で、「スポットライト」チーム(何ヶ月もかけて調査を行って記事にする紙の名物少数精鋭チーム)は、これまでなんとはなしに避けてきた、聖職者による子どもの性的虐待について追いはじめます(「え、教会を訴えるつもりですか!?」というセリフで表される地元民のメンタリティ)。4人のスタッフで手分けをして、被害者や、虐待された子どもたちの弁護士(スタンリー・トウッチ)、教会側の弁護士にインタビューし、古い聖職者名簿をあたり、電話をかけ、裁判所の記録を苦労して入手し……と調査にあたるうち、これは一人や二人の、個人の話ではなく、教会に限らない司法制度等を含めた「システム」の問題である、敵は本能寺じゃなくて、追求すべきはシステムにある、という社内の方針が固まり、2002年の年明け、満を持していざ鎌倉、じゃなくて、いざ紙面に発表します。

この映画の特徴は、題材の大ごとさに比べ、とにかく地味なこと。いくらだって派手にできるだろうに、記者たちをヒーローにはせず、ただただ記者としての仕事をこなす姿を、面白くもなさそうに追います(ショットなんて、たいてい手前に話相手の肩とか、机の上の鉛筆とかが、さも無造作にボケて映りこんでいたり、メインキャラがエキストラにかくれちゃったりするようなのばっかり。映画的に美しい構図とかライティングとか、皆無です)。まさにこの点で、ジャーナリスト達(映評を書く人たちも含め)の支持を集めているのです。でも中には若干、記者達の書きこみが足らんわ! 展開がトロくてつまらんわ! と書いているレビューもあります。でもそういうのが好きな人向けの映画は、まわりにいくらでもあるから、そっちを観ればいいと思う。

4人の記者を演じるのは、マイケル・キートン、レイチェル・マクアダムス、マーク・ラファロ、あとよく知らない俳優さん(ゴメン)。マーク・ラファロ、私は顔が苦手なんですが(これまたゴメン)、彼の演じる記者は猫背でいつもポケットに手をつっこんでるのが自分に似ていて、つい肩入れしていまいました。レイチェル・マクアダムスは、初対面でも打ち明け話ができそうな、ニュートラルな暖かさをかもしていて良かったです。彼女が被害者の一人にインタビューするシーンが、目に焼きついてしまい、映画を観た後、少年の性的虐待事件のニュースを目にした時、その場面が浮かんで、大人になっても決して癒えない傷の深さを思い、以前よりもずきんときました。あとは、編集長代理役で、「マッドメン」の銀髪のジョン・スラットリーが、教会側の弁護士役で、ビリー・クラダップが出ていました。

もらった切符
実は、映画が始まって1時間ぐらいして、突然スクリーンが真っ暗になって、両側の壁の照明が点いたのです。なんだなんだと思っていると映画館のスタッフがやってきて、「今停電が起きました! 数分後に復旧するから待っててください!」とアナウンスします。ロビーに出て、外を見ると、通り中が停電で、ショッピング等をしていた人々が所在なげに通りをウロウロしています。これまでアメリカの映画館でいろいろ経験していますが、これは初めてだなあ(電柱が倒れたらしい)。数組のお客さんはどれも年配で、みなさん席について語らいながら静かに待っています。20分ぐらいして、「もういつ直るか分からないから」と、スタッフが入場券をひとりづつに配ってくれました。ちょうどバスがあるから、もうあきらめて出ようかな、と思ったところで、復旧しました。バンザイ。しばらくは音声だけで、そのうち映像も映ったと思ったら、少し映像が戻って行って、10分ぐらい前の分から上映し直してくれました。なんなくそういう操作をするのを見て、ああ、フィルムじゃなくてデジタルなんだなあ、と寂しい気持ちになりました。おかげで、あのつらい、被害者インタビューのシーンを2度観るはめに。マクアダムス記者が、「当時誰かに相談しなかったの?」と聞くと、相手は、「誰に? 司祭に?」と答えます。ほかにも、マイケル・キートンがかつての学友に話を聞く場面で、「聞きたいことがあるんだが……」と、司祭の件を持ちだしたとたん、良さそうな身なりの立派な大の男が、一瞬で顔から血の気が引いて(そこでカット。その後は見せないdecentさよ)、やっぱり被害者の心の傷をかい間のぞかせ、そういうシーンがいくつか散りばめてありますが、中に、それでも信仰は捨てなかったという被害者の一人がいました。なぜか。教会は、人の作った組織だから。本当の神様とは関係ない。そんなような答えでした。

ボストンという町がどういうところか、ちょっと個人的に興味がありました。来年3月に開かれるフィギュアスケートの世界選手権が、今年はボストンで開催されるので、観にいっちゃおうかなーと検討中なのです。ボストンは、アイルランド系移民が多く、半分ぐらいがカトリック教徒なのだそうです。だから、事件を暴く記者達や、記者の家族たちだって、信者なのです。

アメリカ、しょーもないところいっぱいあるけれど、こういうジャーナリズムが、「大統領の陰謀」の頃から脈々と生き続けているところは凄いなあと感心していたのですが、映評をいくつか読んでみると、どうも、この国ですら、「スポットライト」のような、じっくりと事件を追うスタイルはすたれつつあるそうで、ブルータスお前もか、とちょっとハシゴを外された感じです。でも、これではやばいと、ボストン・グローブ紙は"Spotlight investigative journalismfellowship"という特別給費研究職制度をたちあげたのだとか。踏んばれー。


映評のなかでは、本家ボストン・グローブ紙の映評がやっぱり面白かったかな。新聞社内でロケしたんですって。編集長の描写について、「アンチ・カリスマ的なカリスマ」と表現していて、この映画をよく表していると思いました。

『扉をたたく人』のトム・マッカーシー監督作。


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