2016年8月22日月曜日

“Kubo and the Two Strings”『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』


昔の日本を下敷きにしたファンタジー世界が舞台のストップモーション・アニメーション作品です。

公開初日、サンタクルーズのCinema 9にてReal 3D版のマチネーを観ました。3Dメガネと一緒にカブトムシのピンバッチをもらいます。観客は私以外はポップコーンをムシャムシャ食べながら観ていたおたくっぽい男性がふたり。

主人公のクボー少年(『ゲーム・オブ・スローン』のリコン役アート・パーキンソン。レッドカーペットではすっかり声変わりしていました)は、折り紙で作ったキャラクターを三味線の調べによって操ることのできる不思議な能力の持ち主。その力を使って、村の市で人々にサムライの仇討ち話を弾き語り、日銭を稼いでいます。

ある夜、自分のおばだという双子の刺客(ルーニー・マーラ)に襲われるクボー。おばの狙いはクボーの残された目。母親によれば、赤ちゃんの時、左目は祖父のムーン・キングによって、奪われてしまったのです。間一髪、助けに駆けつけた母親は、最後の魔法の力を使ってクボーを遠くの地へ逃がします。ぶっきらぼうで世話焼きの、お猿のお伴(シャーリーズ・セロン)をつけて……。

クボーをつけ狙うおばさんシスターズ

ムーン・キング(声:レイフ・ファインズ)



折り紙の侍サイゾウ
ずっと気になっていたタイトルの謎(三味線は3弦なのに、「クボーと2本の弦」というタイトル)が、ストーリーのクライマックスで解けるところは、大きなカタルシスを感じます。三味線のモデルはとてもよく出来ていて、天神部分の艶まで再現されていました。でも、クボーの自分の楽器への愛着を表現するような演出がひとつもなかったのが、ちょっと残念でした。三味線とばちだって、母親から受け継いだものだと思うんだけど……。それから、三味線の音色にじっくり耳を傾けられるような場面がなかったのも、肩すかしだったかもしれません。題名で言及され、クボーの唯一無二の「武器」なのだから、もう少し、三味線という楽器に神秘性を持たせてほしかったように思います。それともその手の叙情性は、いかに日本から形ばかり材を取ったとて、バタ臭いLAIKAに期待するのがお門違いなのでしょうか。


ガイコツがつかんでいるのはお猿
映画のテーマは「物語」と「記憶」。これについては映画を観て、それぞれの解釈や受け止め方が出来るような、「多くを語らぬ」作りになっています。だから、『どんなに奇妙に移っても細部を見逃さず、まばたきをしてはいけない』よ。

「コラライン」「パラノーマン」”Boxtrolls”と続いた、子どもを主人公に、喪失感を扱ったLAIKA作品は、”Kubo”で最後になるとのこと。次作から、大人(orティーンエイジャー?)が主人公の、新機軸の作品を作っていくそうです。

三味線をつま弾いて作った落ち葉の舟
1枚1枚葉っぱの形に切り抜いた紙を貼りつけてある


荒城の中。

小道具も緻密。書物のページまで配慮されている。

実は、サントラで三味線を弾いているケヴィン・マサヤ・メッツ(Kevin Masaya Kmetz)氏は、以前はサンタクルーズに住んでいて、彼に関するドキュメンタリー映画TheBirth Of California Shamisenがサンタクルーズ映画祭で上映されたときに、私のCG短編BunnyBowlingが併映だったというご縁があります。ケヴィンと日本から来た三味線弾き新田昌弘のセッションをサンタクルーズのカフェで聴いて、津軽三味線に惹かれ、ちょっとかじってみたりもしました。この二人が参加している津軽三味線のグループ”Monsterfs of Shamisen”の一員で、国際的な津軽三味線コミュニティBachido(撥道)を運営しているサンタクルーズ民カイル・アボットの名前もエンドクレジットの”Thanks”欄に載っていたりと、サンタクルーズと小さな接点がある作品です。

エンディング曲”While My Guitar Gently Weeps”で、ケヴィンのギター、じゃなかった三味線が鳴ったときは、鳥肌が立ちました。泣かせる選曲だ……。それだけに、本編中でもう少し「音楽」の力をフィーチャーして欲しかったです、かえすがえすも。サントラを単独で聴くと、独特なケヴィン節を堪能できます。
"Kubo"サントラ。ケヴィンの名前もクレジットされている。
右のはMonsters of ShamisenのCD。ばちは羊のマイばち。

2日後に、2D版で見直しました。日曜の昼下がりで、ちびっこ連れの家族がたくさん観に来ていて、しょっちゅう笑い声が聞こえる楽しい鑑賞になりました。公開1週目の成績は4位で、今年のアニメーション作品としては最低ラインだそうですが、レビューの方は、突出したオリジナル性とビジュアルを買われて、かなり高いです。

顔の置きかえ用パーツ。一番上はコララインかな

レビューでは、たいてい「素晴らしい!」しか書いてないんですが、Village Voiceの評がテーマやストーリー構成、世界観の構築、LAIKAの特異性等まで突っこんでいて、読みでがありました。反対に、イギリスThe Guardianの評は、「とてつもなくつまらなかった」と書いてあって、1カット1カット、こんなにも心血が注がれた美しい作品を観て、何も心が動かされなかったのかと、私は泣きそうになりましたが、読者によるたくさんの反論が載っていて、賛成意見はゼロだったので、今度は胸アツになりました(^_^)この作品が琴線(三味線!?)に触れなかったのは、たぶん評者がストップモーション・アニメーションに造詣のまったくない人だからだろうと思ったのですが、レビューの後半で、イジー・バルタの作品を引き合いに出して、”Kubo”のアニメーション技術が完璧過ぎるゆえにパペットアニメの魅力を失ってしまったと論じていました。実は私も同じ感想を常々抱いていたので、評者を責められなくって複雑な気持ち……。まぁ、「神道うんぬん」のくだりはいちゃもんもいいところだけど。とんがりたい年頃の人なのかしらね。(個人的に感じる、とくにヘンリー・セリックが抜けた後のLAIKA作品に顕著な問題点として、アニメーションのモーションと、ストーリーのエモーションが乖離していて相乗効果を生んでないところがあるように思うのです。それは上記で書いた、叙情性を感じられないことも関係していると思う。たとえば川本喜八郎のアニメーションだったら、女性の髪の毛のそよぎひとつにキャラクターの情念を見るじゃないですか、そういうのが欠けているために、粉骨砕身したアニメートが、きつい言い方をすれば無意味になってしまっている。置きかえアニメーションであることが一因だとおもうけど、『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』『コラライン』のヘンリー・セリックが手がけると、そういった問題を感じないのです)

フィギュアの写真はすべてユニバーサルスタジオで開かれたLAIKA展の展示物。
初日はレッドカーペットがあってクボー(左の入口んとこ)、カブトムシ、
お猿(右手、後ろ姿)がご来場。そのおかげで一般客は何時間も待たされた。
事前に通知してくれい。

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