2017年1月11日水曜日

“Monster Calls”『怪物はささやく』

映画館で予告編を見て、気になって調べると、『怪物はささやく』という児童書が原作の作品だというので、図書館で本を借りて読んだら、最後の〝怪物〟のことばにがつんとやられちまいました。

10月末の公開予定から延び延びになってやきもきしたのですが、1月7日の公開2日目、ちょうど原稿をあげたので観に行けました。結果オーライ! どういう事情で公開が延びたのかしら。主人公の男の子の母親役がフェリシティ・ジョーンズなので、『ローグ・ワン』が公開するのを待ったのかな?

主人公のコナー・オマリーはイギリスに住む12才の男の子で、学校ではクラスメート3人組からいじめを受けています。母子家庭で、母親が重い病気を患っているのをみんなが知っており、先生たちも彼を腫れ物扱いしています。

原作は、夜、いきなりコナー・オマリー少年の寝室にイチイの木の化け物が現れるところからはじまります。原作者であるパトリック・ネスが脚本も手がけていて、映画用のアレンジがされており、とある古典的映画がきっかけでコナーが怪物を空想で生みだす、みたいに変えていましたが、私にはちょっと改悪に思えました。視覚的にわかりやすくなったけれど、なんだか両義的な怪物の存在を、限定してしまうような気がしました。個人的には、その古典的映画のリメイク作品のノベライズをちょうどやっているところなので、「すげ、シンクロニシティ!」と興奮しましたけれども。その作品は何度かリメイクされ、時代を追うごとに怪物の造形はより精巧に、ストーリーはよりリアルにスプラッタになっているけれど、オリジナル版のように、少年にイチイの木のモンスターを生みださせるような力があるかどうかははなはだ疑問です。これは”La La Land”でも感じたのだけど、ジャンルを問わず、長く愛される映画には、隠し味的にチャームというか、かわいさというか、愛しさを感じさせる要素がほんのちょっと、必要なのではないかと思いはじめています。かといってこびても台無しだし、そのツボがひとによって違うのはもちろんだけれども……)

原作は、アメリカでは「グラフィック・ノベル」に分類される児童書で、つまり挿絵がふんだんに使われ、物語と有機的にむすびついているのですが、映画ではモノクロの挿絵のテイストをうまく生かして、コナー少年が描く鉛筆画や水彩画として本編にちりばめられています。ただ、怪物そのものはCGで、なんとも言えない表情など、すごくよくできていました。声は、レイフ・ファインズ。なんだか、コナーが生まれるより前に死んだというおじいさんが乗り移っているみたいです。コナーとはとことんそりの合わないおばあさん役は、シガニー・ウィーバー。


怪物は、コナー少年に、「私が三つの物語を聞かせる。それが終わったら四つめの話をお前が話せ」と、理不尽にもわけのわからんことを言って、すっかり少年になめられます。いや、それでもじゅうぶんおそろしいのですよ。怪物は、コナーに呼びかけるとき、必ず「コナー・オマリー」とフルネームで呼びます。3つの物語部分はロッテ・ライニガーやミッシェル・オスロのような、影絵っぽいテイストの2Dアニメーションで、結構アニメーション率の高い作品でした。

アメリカって、なんだか「物語」、「お話しをつむぎだす能力」にすごい思い入れがある人たちです。最初に気がついたのは"Life Animated"『ディズニー・セラピー(映画化題名は「ぼくと魔法の子どもたち」)』なんですが、「お話し」が人が人らしく生きる鍵だと思っているようです。

少し『パンズ・ラビリンス』っぽい感じの映画です。ギレルモ・デル・トロも好きみたい。監督は『インポッシブル』『永遠のこどもたち』のスペイン人A・E・バヨナ。

『怪物はささやく』という邦題、『ミツバチのささやき』みたいでいいですね。

ところで「ウォーキング・デッド」最新シーズンで、牧師がこの本のがつんと来る言葉を使って説教していました(^_^:)。

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